【レディプレイヤー1】ハリデーは何者?その正体や生きているのかについても

映画・アニメ

2018年4月20日の日本で公開された『レディ・プレイヤー1』。

作中では「オアシス」と呼ばれる仮想空間で創設者ハリデーの遺産を巡って、壮大なゲームバトルが繰り広げられていました。

しかし、終盤で登場したハリデーは生きているのか、アバターなのかというの問いかけに対し、曖昧な答えで去っていってしまいました。

そこで今回は、実際にハリデーは生きているのか、また、その正体について考察も交えて解説していきます!

また、ハリデーのモデルと言われている人物についても併せてご紹介します!


【レディプレイヤー1】ハリデーの正体は何者?

そもそもハリデーとは?

ジェームズ・ドノヴァン・ハリデーは「オアシス」の開発者で、映画「レディ・プレイヤー1」の登場人物の1人。

昔からの友人であるオグデン・モローとグレガリアス社を設立し、「オアシス」を開発します。

その才能から、世界中から神として崇められていましたが、2040年1月7日に死去。

オアシス内に隠した3つの鍵を見つけた者に、莫大な遺産とオアシスの運営権を与えると遺言を残し、多くの人々が挑戦をすることに。

また、自分の記録を3D映像などで調べられる施設「ハリデー年鑑」も設立していました。

また、作中では次のような過去についても明らかになっていました。

  • 小さい頃からテレビゲームに夢中だったこと
  • カレンという女性に恋するようになったがダンスに行く勇気がなかったこと
  • モローとの意見の相違で決別してしまったこと

また、人付き合いが苦手なためにオアシスを創ったものの、死期を悟ると現実の大切さに気づいたことを明かしています。

レディープレイヤー1のハリデーは生きてる?

作品終盤で、パーシヴァルがイースターエッグを手にする際ハリデーが登場しました。

パーシヴァルはハリデーに対して、アバターかどうか尋ねるものの、答えを曖昧にしたまま去っていきました。

死んでいる、または死を悟っているからこそ、莫大な遺産や会社の運営権を残したとも考えられるのですが、なぜ、ハリデーは明確な答えを示さずに、去っていってしまったのでしょうか?

続いては、なぜハリデーがこのような対応をしたのかについて考察していきたいと思います。

ハリデー曖昧な答えだったのはNPCだったから?

ハリデーは、パーシヴァルからアバターなのかどうかに尋ねられるものの、答えを曖昧にして去っていきました。

なぜ、このような曖昧な対応をしたのかというと、最後に登場したハリデーは”non player character(NPC) ”(プレイヤーが操作しないキャラクター)でプログラムされた対応しか遂行しなかったから。

WikipediaによるとNPCは次のように定義されています。

NPCはゲームマスターの構築した世界を成り立たせる要素の一つであり、プレイヤーキャラクターに対し「ゲームの進行」「イベント発生」「バランス調整」を行い、プレイヤーをゲームマスターの作ったストーリーにうまく誘導するための存在である。

引用元:Wikipedia

つまり、ラストに登場したハリデーはゲームマスターである(生前の)ハリデーが構築した世界を成り立たせるために登場したに過ぎないんです。

また、エッグ・コンテストでヒントを得る鍵を手に入れる度に、ハリデーが生前アバターにしていた賢者の風貌のアノラックがNPCとして現れます。

この際にも、まるで人間のような会話をしていたので、エンディングに現れるハリデーも見た目こそリアルな生きた姿ではあります。

しかし、エッグ・コンテスト用にプログラムアバター同様にNPCだと考えてもおかしくないです。

会話の内容もパーシヴァルのゲーム内の行動の履歴記録などを参考に自然なように組み立てる事も可能だったのではないでしょうか。

バーしヴァルは、ハリデー・ジャーナルに入り浸ったりエッグ・コンテストでハリデーの”Rosebud”(バラのつぼみ)を探し回ったりしてハリデーの人生を深く理解した人物です。

だからこそ、ハリデーが周到にプログラムした一種のA.I.(人工知能)であるハリデーのNPCに、ゲームキャラ以上の何かを感じ取って、アバターなのかどうかを確認したのかもしれません。

また、パーシヴァルの一見分かり切った質問の元には、A.I.は魂を持ち得るのだろうかという現代的な哲学的疑問があったのかもしれませんね。

レディプレイヤー1のハリデーのモデルは?

レディープレイヤー1で天才的な才能で、世界中から神として崇められていたハリデー。

その発言や、生い立ち、生き様などから、様々なモデルの予想が立てられています。続いては、モデルと予想されている人物たちについて解説していきたいと思います。

スティーブン・スピルバーグ

ハリデーは、 ラストで「私のゲームで遊んでくれてありがとう」と言い、去っていきました。

相手はパーシヴァルでしたが、彼の目線はカメラを通して観客席の私たちに注がれます。

「ありがとう、楽しんでくれて、愛してくれてありがとう」という時のあのハリデーは、スピルバーグ監督自身の言葉そのもののようにも感じます。

これまで、何本も傑作を撮った世界の巨匠が、純粋な感謝のメッセージを本気で伝えようとしていたのではないでしょうか。

これまでたくさんの作品で私たちを楽しませてくれた映画界の神に「ありがとう」と言われると想うとなんだか感慨深くも感じますね。

仮にこの言葉がスピルバーグの言葉を代弁しているのであれば、受け手である私たちの思いも届いているということの現れにもなるのではないでしょうか。

こう言ったことができるからこそ、今までもたくさんの人に愛されるんですね。

スティーブ・ウォズニアック

ハリデーは技術面、モローは広報や運営などビジネス面で才能を発揮し合って、「オアシス」を大きくしていきました。

しかし、とある事情から二人は仲違い。ハリデーがモローを半ば騙すようにして株式放棄の書類にサインさせ、「オアシス」から追い出してしまいます。

そして二人は仲直りできないまま、ついにハリデーが亡くなってしまうのです。

この関係性を見て、「Apple」好きの人はピン!と来るのではないでしょうか。

そう、この関係性は「Apple」のスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの関係によく似ています。

スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックでは、ウォズニアックの方が技術面ですぐれていました

その観点からいくと、ウォズニアックはハリデーをモデルにしたのかもしれません。

また、ウォズニアックは過去にこんな言葉も残しています。

「テクノロジーとは、ポップカルチャーそのもの。(中略)テクノロジーとポップカルチャーに関わる人々は、実は同じなのです。週末にポップカルチャーを楽しんでいる人々の多くは、平日にはプログラマーやクリエイターの仕事をしているんです。」

この言葉も、確かにハリデーが作った「オアシス」の理念と一致してるように思えないでしょうか?

スティーブ・ジョブズ

表面的な設定については、ウォズニアックと述べましたが、人間性の部分でいうとスティーブジョブスとも取れそうなのです。

確かにハリデーにはスティーブ・ジョブスのような華麗なプレゼンや、事業拡大のマネジメントはできないと思います。

ただ、ジョブズはハリでーと同じく、人間関係を構築するのが苦手だったのではないでしょうか。

2015年公開の映画「スティーブ・ジョブズ」でマイケル・ファスベンダーが演じたジョブズは、自分の理想を追い求めれば追い求めるほど、周りの人間との関係を悪化させる、そんな人物として描かれています。

しかしそんな彼ですが、世界のテクノロジーを進歩させるのに大きく貢献したことは間違いありませんし、今作の監督であるスピルバーグは、ジョブズについてこう言っているます。

スティーブ・ジョブズはトーマス・エジソン以来の発明家だった。彼は私たちの指先に世界を置いてくれた。

「指先に世界を置いてくれた」という表現は、「レディ・プレイヤー1」で描かれる未来にもつながっているのではないでしょうか

友人や家族とのコミュニケーションがうまくできず、親友を切り捨てて、それでも私たちの未来を楽しいものにしたジョブズは、ハリデーのモデルとされていてもおかしくはありませんね。

まとめ

いかがだったでしょうか。実際にハリデーは生きているのか、また、その正体について考察も交えて解説しました。

また、ハリデーのモデルとなった人物についてもご紹介しました!

個人的にはハリデーのモデルになったのは、やはりウォズニアックだったのではないかなと思っています。

あなたはどう感じたでしょうか?ぜひコメントで教えてください^^

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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