映画キングダムの信のモデルになった李信を徹底解説!史実での嫁や子孫についても

映画・アニメ

2019年に実写にて映画化され、大ヒットした「キングダム」

漫画も累計発行部数が3800万部を数える大人気漫画です。

また、主人公の信が天下の大将軍を目指してがむしゃらに頑張る姿が、読者の心を動かしています。

熱いストーリー展開はもちろんのこと、人気の秘密は何と言っても、信の下僕からの成り上がりストーリーにあるのではないでしょうか?

今回は信のモデルになった李信の過去や嫁、子孫ついて史実をもとに徹底解説していきます。


キングダムの信のモデルになった李信は実在する?

キングダムの信の基本情報

漫画『キングダム』の中での信は、戦争孤児で下僕という低い身分の出身。

圧倒的な身体能力と強い意志を兼ね備えている信は、見ていて気持ちが良いくらいに真っ直ぐで、豪快な性格をしています。

しかし、礼儀作法には疎く漫画の中では、秦王として即位していた政に対しても呼び捨てをしているような場面も…。

良い環境で育ったとは考えられにくいので、礼儀作法を身に着ける機会がなかったのかもしれません。

同じく戦争孤児の幼馴染である漂(ひょう)と共に暮らしていた信。

「いつか天下の大将軍になる」という2人の夢の実現のために、剣の修行や日々鍛錬を積み毎日を過ごしていました。

そんなある日、秦国王・政(せい)に顔がそっくりであった漂は影武者として利用され、反国王派による反乱に巻き込まれ命を落としてしまいます。

同じ夢を掲げていた親友を失ったことを受け止めきれないまま、漂に託された地図上の場所・黒卑村へと向かい、そこから様々な出会いがありストーリーが展開されていきます。。。

信のモデルが李信将軍って本当?

キングダムの信は架空の人物ではなく、春秋戦国時代末期の秦の国の武将・李信という実在した人物をモデルにしています。

これは、公式ガイドブック「キングダム英傑列伝」にも、信のモデルは李信と明記されていることから間違いないと言えるでしょう。

キングダムは史実を元にストーリー展開はされていますが、李信がどのような人物だったのかはほぼ記されていないようです。

信のモデルは確かに李信だけれど、キングダム内での信の活躍はほぼフィクションだと思って間違いないようです。

信のモデルとなった李信将軍はどんな人?

史実に基づく李信の功績

李真の有名な武功は、紀元前226年のこと。

始皇帝の暗殺を目論み、燕(えん)の太子丹(たん)は、暗殺者・荊軻(けいか)を派遣します。

それに怒った秦王政は、「王翦(おうせん)」「王賁(おうほん)」「李信」の3人を抜擢して、燕を攻めて都の薊(けい)を陥落させます。

その後、燕王の喜(き)と太子の丹は遼東(りょうとう)まで逃れますが、李信は1000騎を率いて追撃し、太子丹の首を斬りました。

秦王暗殺の首謀者の首を斬ったのは大手柄で、その後に行われた、対楚戦で信が抜擢される布石になっています。

実は頭が悪かった?20万人を失う大敗の過去

紀元前225年、「韓」「趙」「魏」を滅ぼし、「燕」を滅亡寸前まで追い込んだ秦王政は楚を討つことを考え、王翦と李信を呼び、幾らの兵力が必要かを質問します。

その際に、王翦は「60万」と答え、李信は「20万もいれば楽勝」と言いました。

今のキングダムの信のキャラを考えても、本当に「楽勝」と言ったかもしれませんね。

李真は、秦王暗殺の首謀者である太子丹の首を討っていたこともあり、秦王の政は、李信と蒙恬(もうてん)を楚に向かわせます。

最初こそ、楚軍に大勝していた李信と蒙恬。

しかしそれは、楚の項燕(こうえん)の謀略でした。

最初の大勝で油断をしていた李信と蒙恬を、楚の項燕は急襲。

秦軍は大混乱に陥り敗北、兵士の大半を失い七人の将校を失う事になります。

大敗としかいえない李信。

その後は王翦が60万の兵を率いて、項燕を撃破。

さらに勢いを以て楚を撃破して楚王を捕えて楚を滅ぼしました。

斉を滅ぼし秦統一へ

楚での大敗後、李信は3年後にまた出番をもらい、紀元前222年、遼東に逃げていた燕王の喜を滅ぼします。

さらに、趙の王族で代(だい)に本拠地を置いた代王嘉(か)も滅ぼし、これで完全に燕が滅亡しました。

そして翌年の紀元前221年。

最後に残った斉の討伐軍に選ばれ、王賁、蒙恬、李信が進軍。

援軍を求める相手もなく、斉王は降伏し秦は統一されました。

謎に包まれた李信の最後

実は李信がどういう最後を迎えたかについてははっきりとわかっていません。

ただ、「斉」を李信が滅ぼしていることから考えて、秦の統一時点では生きていたことは確かでしょう。

秦国は紀元前206年に「西楚のの覇王」こと「項羽」によって滅亡shていますが、その時の戦乱において、李信という名前の将軍は全く登場していません。

秦の将軍だった李信が秦国の危機に駆け付けないというのは考えづらいです。

そのため、この時李信はすでになくなっていたのだと考えられ、秦国統一から滅亡までの14年間の間に亡くなったと考えるのが妥当ではないでしょうか。

最後の死因については病死や処刑、戦死など様々な考察がなされてます。

ただ、史実では秦国は六国を滅ぼした後、南方へ遠征し、広州・福建・ベトナムのハノイへ侵攻しているので、この際に戦死したのではと個人的には考えています。

信のモデルとなった李信の嫁や子孫は?

漫画での信の嫁候補は3人

羌瘣(きょうかい)

飛信隊の頭脳兼右腕としての役割を持つ女性剣士で、飛信隊の副長であると同時に三千将の位を持つ人物です。

また、剣の実力は超一流で飛信隊の中で唯一信との稽古に付き合える人物でもあります。

また頭も良く、河了貂が軍師としてやってくるまでは軍略の担当もしていた程。

軍師としての実力も申し分なく、昌平君の軍師養成学校の推薦までもらえるほどでした。

今では河了貂の軍略を展開しながら、現場で応用を効かせる重要な役割を担っています。

作中でも羌瘣は信に、「お前の子を産む」と大胆な発言をしていました。

子の産み方については姉のように慕っていた羌象のデタラメな教えにより分かってはいませんでしたが、信は満更でもない様子でした。

河了貂

河了貂は山民族の末裔で、信と政と出会い彼らと同じ場所に立つために軍師となります。

軍師となった今、飛信隊の頭脳として活躍しています。

さらに持ち前の判断力を武器に、最前線に立って指揮を執ることもあります。

信には特別な感情を抱いているがまだ何も信に言えていないのが現状です。

信と河了貂は飛信隊ができる前から一緒にいて、一緒に住んでいた経験もあります。

そのため候補者の中で一番信と一緒にいた人物であると言えます。

さらに河了貂は信に思いを寄せていますが、それを信には伝えられていません。

しかし河了貂が信について思いを打ち明けている場面があります。

それは凱孟将軍に捕虜として捕まえられたときのことです。

凱孟将軍に河了貂にとっての信とはどんな人物なのかと聞かれ、河了貂は、

「信の願いが叶って欲しいと願っている。・・・

それと・・・おれもあいつと一緒になりたい」

と言っていました。

これは信とともに幸せになりたいという願望を名言しています。

しかしこれを聴いていたのは凱孟将軍のみ。

いつになれば信に思いが届くのでしょうか。

秦国の宮女です。政の妻、向の1つ年上で、向の親友としてよくセットで登場します。

生まれは高貴なようで、大きくて丸い目が特徴的な派手な顔立ちをしています。

陽と信の出会いは琉期が向と麗を襲おうとしていた時でした。

陽は琉期の前に立ちはだかり、向と麗を守ります。

その時信が駆けつけ琉期を倒し、この時に陽は信に一目惚れしたようです。

史実に基づく李信の嫁や子孫は?

史実では李信は確かに結婚をして、”李超”という漢の大将軍になった子孫を後世に残しています。ただ、嫁の名前は史記に記されていません。

しかし、史記・王翦列伝には、「キングダム」の信とはかけ離れた、高貴な身分の人間だったことは明らかにされています。

この史実とともに、「キングダム」の作中で信に好意があり、高貴な身分の女性といえば「陽」になるのではないでしょうか。

「キングダム」がどこまで史実に基き、物語を展開していくかは分かりませんが、もし、史実を踏襲していくのであれば、「陽」が嫁候補としても有力になってくるかもしれませんね。

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は信のモデルになった李信の過去や嫁、子孫ついて史実をもとに徹底解説しました!

実は史実でもわかっていないこのが多い李信。今後、「キングダム」でどのように描かれていくかが楽しみです^^

また、実写版の続編の制作も決定しているということで今後の映像化も楽しみですね!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

コメント

タイトルとURLをコピーしました